内陸へGO!!

どうも!

こんばんは~

様々な事情によりまたもや環境激変・・・
いやはや・・・
まあなるようにしかならんですな(苦笑)

さて今回は山形県とはいっても内陸の話ね!
庄内人にとっては内陸というのは近いようで
遠い場所・・・

大坂屋的山形見聞録(笑)
今回は「楢下宿」

「楢下宿」とは?以下「山形県フィールドワーク(山形県の町並みと歴史建築)」よりコピペ

楢下宿概要: 楢下宿は羽州街道の宿場町で慶長7年(1602)に開設されました。出羽国最期の宿場で背後に金山峠を控えている為、羽州街道を利用する13藩の大名が宿泊に利用し大いに賑ったとされ、秋田藩や庄内藩が泊まる常宿には「秋田屋」、「庄内屋」などの屋号が付けられたそうです。楢下宿は藩境の集落でもあり新町には関所が設けられ人物改めや荷物の確認など厳しく管理され、街道は軍事的な要素なのか、自然的要素なのかよくわかりませんが、浄林寺からコの字型を描くように大きく曲がり金山川を2度渡るような特殊な構造をしていてをしています。現在でも楢下宿には脇本陣だった「滝沢屋」をはじめ「庄内屋」、「大黒屋」、「山田屋」、「旧武田家」などの古建築物が残され、明治時代初期に金山川に架けられた2つの石造眼鏡橋ともども文化財指定を受けています。楢下宿は古い建物が並ぶ町並みとまでは言えませんが単なる直線的に配置された宿場町とは異なる為、場面場面で印象に残る良好な景観が幾つも残されています。

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んでもってこちらが一応庄内人なので・・・
旧粟野家(庄内屋)を撮ってみた。

旧粟野家(庄内屋)概要: 旧粟野家は旧羽州街道楢下宿の脇本陣を勤めていた家柄で、庄内藩酒井氏の常宿だった所です。18世紀中期頃に建てられたもので、木造、寄棟、茅葺、玄関の間から「なかま」が2室、「じょうだん」と一列に並び格式の高い造りになっています。道路の拡幅の工事の為か、建物の曲がり部分が途中で切れていますが、元々は式台付きの玄関だったそうで屋根も寄棟か入母屋だったと思われます。又、庄内屋には建物だけでなく、酒井家から拝領された煙草盆や関札なども残されていて当時の宿場町の様子を窺え知る事ができます。楢下宿脇本陣「庄内屋」(旧粟野家)は平成2年に上山指定有形文化財に指定されています。

ふむふむ・・・

大内宿とか有名なところと比べると小規模だけど風情は感じられるね~

さて当然いったところはここだけでは無いわけで・・・

この先どこに向かったかは・・・

次回へ続く~!!

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おまけ
楢下宿で見つけたとあるお店の看板・・・

この布団だったら・・・

すんごい眠れそうな気がしてきた(笑)

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by osakaya2000 | 2008-11-05 22:30 | おでかけ日和


またもやリニューアル・・・(汗)


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